人気ブログランキング | 話題のタグを見る

猫町の古びた木造アパートの2階に住んでいる主の、極私的「散文集」。暗中模索、森羅万象、悪口雑言、支離滅裂、家内安全、世界平和を願っています。


by sinra_1230
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

夏休みの宿題


 いい年になると、どんどん記憶力はなくなるし、体もがたがくる。眼も完全に老眼で、半年前に買った小型パソコンの画面が予想以上に見にくいので今更ながら後悔しきりだ。

 机の上には数年前に買った「小学漢字1006字の正しい書き方」があり、もともと筆順が間違いだらけの自分を少しでも矯正しようと、日々その書き方字典をめくるに、覚えた先からどんどん忘れる。
 視覚、形から入る性格(?)なので、大人になっても書く順番にこだわらなかったのが間違いだった。

 例えば「器」という文字なら、丸を四つ書いてその中に大を書けばそれで良いと思っていた。漢字なんてデザイン的に処理すれば丸が四角になったり、四角が丸に変身するものなので、それでいい…と。

 ああ、これで私は日本人なのか。

 しかしあたりを見回すに、人名さえも漢字で書いていながら、横文字風の名前の多いこと。書き順どころか、外人ぶった横文字風の当て字や貴族の娘のような名前が全盛なのだ。ちまたにあふれる変な日本人たち。私も含めて、結局、茶髪も赤髪も似たような人種なのだ。
 
 なんと私の近所には魚田真鈴…うおた、まりん…ウオーター、マリンちゃんが実在する!(しかもかわいい!)

 10年後はどんな流行が来るのだろうか。正直、名前にアルファベットの使用が許可されたりして。

 先日、ラジオの番組で、漢字学者の白川静(故人)教授のことを知った。

 もっと早く知っていれば良かった。心底自分の不勉強さを悔やんだ。すごい人がいたもんだ。白川教授は漢字の研究の第1人者だ。漢字発生の地、中国の学者もとうていかなわない。先生の研究のおかげで「漢字の謎」の多くが解かれたと言っても過言ではない。氏はほぼ独学、独創で漢字の起源とされる甲骨文字の解読から手がけられ、大学の教授にまでなられた。

 「器」の真ん中の「大」は“大きな”誤りで「犬」という文字が本当だ。

 戦後、漢字の分からぬアメリカの植民地政策で、漢字の略字化が強制された。その結果、漢字の本当の意味は曲解され、誤解され、誤読が正当化された。文字はその国の文化、それを簡単に法律で否定されたのだ。

 では何故「犬」か。

 「器」の口は口ではなく、本当はUの形の真ん中あたりに横棒を入れた「コウ」と呼ばれる文字だ。

 もともと「コウ」は神に捧げる祝詞、誓いの言葉を入れる入れ物を指している。器にはその祝詞が四個並べられ捧げられているわけだ。つまり真ん中の「犬」は神の清めの儀式に捧げられる「いけにえ」という由来。

 白川教授の「コウ」の発見で漢字の謎がどんどん解かれていく。

 「言」の字は、口の上の形は、もともとは辛いと言う字で、辛いと言う字の起源は、刺青を入れる「取って付きの針」の形。口(大事な祝詞の箱)の上に針を置き、嘘をついたら刺青を入れますという神へ誓い、祈る印が「言」という字の起源。

 方角の「方」なんて、相手の部族の死体を風に吊るした形が「方」なんだからね。昔は四方に相手の死体を吊るし、自分の部族の縄張り、悪霊払いを示したそうな。一つ一つの字の起源を知るだけでこんなにスリリング。

 知の巨人とも言われる白川教授。漢字はデザインなんかじゃなく、本当は人間の思い…呪い…が込められた形なのだ。だから本当は、言葉は軽々しく扱ってはいけないものなのだ…。


 それからというもの、毎夜俺の枕元には右に猫のハルちゃん、左に白川教授の「常用字解」(平凡社)がある。

 暑い夏をハルちゃんの毛をなでて余計暑く感じながら、漢字の起源を紐解き、とうてい間に合わぬ夏休みの宿題に精を出す猫町の昨今なのだ。


 (猫町のいちゃもん…)NHKの時代劇の「天地人」の「人」という文字、あれはもう「人」という字ではない。もうちょっと、ちゃんと書けないのかなぁ。折角の時代劇なのに。
 
 いや、今の現代“人”を表す…崩れ、跳ね上がりながらも見栄をはる!…を表している新しい象形文字なのかもしれないけど。
by sinra_1230 | 2009-08-04 12:10